aliqouifilm-映画評 のブログ
私は、英雄や偉人とも呼ばれる天才にして狂人という存在に興味がある。特に二人の人物。一人は映画『オッペンハイマー』では言及なしだったが原爆開発や実戦使用に決定的役割を果たしたフォン・ノイマン。もう一人が東京大空襲を指揮したカーティス・ルメイである。
ルメイの行ったこととアイヒマンの行ったことにどれほどの違いがあるというのだろう。もちろん殺した数ではルメイはアイヒマンの10分の1くらいにすぎないかもしれないが。
そのルメイを特集した映像の世紀を、興味深く鑑賞した
ルメイは東京への無差別爆撃でできるだけ効率的に効果的に市民を殺すことを考えて作戦を立案した。番組ではあまり触れられなかったが、ルメイは東京空襲において逃げる人たちの動きを想定して退路を絶った上で第二波攻撃で逃げ場のない人たちを焼き殺す作戦を立てた。
同じ人間の考えることだろうか。考えようによっては原爆での殺人よりよほど凶悪だ。そして実際原爆に匹敵する数の人間を殺した。
番組で知ったこともある。
ドイツとの戦争において、ルメイは爆撃機の編隊を作る上で、高度をずらした編隊のブロックを作り、さらにブロックごとの隊列もまた高度をずらして配置。3D的な爆撃機隊列を組んだという。
不謹慎だが上手いと思った。高射砲手の目測を混乱させる効果があったと思われ、全機撃墜の可能性を低めた。
なんとなく浅い知識で、太平洋戦争の3年9ヶ月では毎日のようにB29が飛んで毎日のように無差別爆撃にさらされていたような感覚だったが、B29が実戦で使われたのは44年11月からだという
そう言われるとわずか9ヶ月程度で、アメリカ人には戦勝の英雄機に、日本人には恐怖のトラウマとなり、太平洋戦争を象徴する軍用機となったのかと思うと、どれほど熾烈な爆撃だったのかと思う
日本の戦時を描いた様々な映画はほとんどが戦争最後の年の1945年のことだったのだな
そして、この番組によるとだが、アメリカ軍はそれまでは空襲の基本方針は軍事施設だけを狙うというものだったようだ。
B29は日本の戦闘機が近づけない超高空を飛べるのが売りだったが、その高さ(12000m)からの爆撃で目標を正確に狙うのは不可能と判断
そこで、アーノルド大将は方針を切り替えて、無差別爆撃にしたという。
そしてその無差別爆撃攻撃の司令官としてルメイを呼んだという。
その流れだと超高空からデタラメに爆弾をばら撒く作戦になるかと思わせておいて、ルメイの作戦は「B29を低空で飛ばす」
なぜなら日本はドイツと違って高射砲をほとんど備えていないから
…ここがよく判らない。
だったら低空でピンポイント爆撃をすればいいではないか
いや、もうすでにルメイはいかに日本人を殺すかばかり考えていたように思う
「無差別爆撃」は軍人も一般市民も関係なく攻撃対象とすることだが、ルメイのとった作戦は無差別というより、積極的に一般市民を殺そうとしていたとしか思えない
焼夷弾の使用も、施設の破壊より、人を殺すことを優先した結果なわけだし
ルメイは戦争の本質をあまりにつき過ぎた人だ
敵を5万人殺し、味方は2万人死んで、勝利する戦争よりも、
敵を100万人ころして、味方の被害を1万人にとどめる戦争の方がいい
そう考える男だったと思う
その考えの何が悪いかと言われると、あまり反論できない、というより、戦争とはそういう考えに行き着くものだから、唯一の正解は戦争をしないことだとしか言えない
たしかにこのルメイの考え方は、今のトランプの戦争に通じている気がする。ルメイは戦後史に強い負の影響を与えた人だ。
そして、何より理解に苦しむのは、日本からルメイに勲章を贈ったことだ。航空自衛隊設立に尽力した功績を讃えてということだが…
これって例えるならアイヒマンに…いや、この例えはやめよう
この狂人としか思えないルメイをさらに深く掘り下げた映画があれば見てみたい
その場合、監督はアメリカ人でも日本人でもない人が務めるのがいいと思うけど、クリストファー・ノーランが撮ったら、時制も場所もあちこち交錯した深みのある映画にならないだろうか、とこれは妄想
#映像の世紀