【五輪】窮地救った1通のメッセージ 村瀬心椛を金メダルに導いた元ラグビー日本代表とスポーツトレーナーの存在
【五輪】窮地救った1通のメッセージ 村瀬心椛を金メダルに導いた元ラグビー日本代表とスポーツトレーナーの存在 2026年2月10日 16時41分スポーツ報知日本女子スノーボード界初の金メダルに輝いた村瀬心椛(21)=TOKIOインカラミ=。大けがに苦しめられた時期があったが、窮地を救ったのがスポーツトレーナーの佐藤義人氏(48)だった。佐藤氏がスポーツ報知の取材に応じ、けがや体づくりに向き合った4年間を語った。佐藤氏が治療の施術をしたラグビー元日本代表の堀江翔太氏(40)から、村瀬の元に届いた1通のメッセージが、夢へと導いた。
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北京五輪で、冬季五輪の日本女子最年少17歳で銅メダルを取った村瀬だが、快挙の裏で右膝の痛みと闘っていた。五輪直後に出演したテレビ番組で「膝の痛みが…」と明かした。たまたま番組を見ていた堀江氏は、胸を痛めた。「まだ10代。膝が痛い中で戦っていたんだ…かわいそう」。いてもたっても居られず、村瀬のSNSにメッセージ。これまで堀江氏は村瀬と接点がなく「無視されるかも。もし返事がきたら佐藤さん、何かしてあげてもらえませんか」。村瀬はからすぐに返事が届き、世界一に向けた体づくりが始まった。
北京五輪後の22年春、村瀬が京都にある佐藤氏の治療院を訪れた。同氏が痛めていた右膝を見ると「筋肉はやせていた。ジャンプして着地するのに耐えられるレベルの膝の状態ではなかった。当然このまま滑っていたら痛い。あと1、2年で滑れなくなるぐらいの状態でした」と競技継続が難しい程の状態だった。村瀬は中学2年の時に右膝の膝蓋(しつがい)骨を手術し、そこから完治していない中で、約3年半痛みを抱えながら競技に励んでいたのだ。
痛みの原因は手術した膝の骨の周りの筋肉が、正しい位置についていないこと。過去にも筋トレはしていたが、骨を支える筋肉にうまくアプローチできておらず、負荷のかけ方を1から見直した。スクワット、バイクトレでも、負荷をかける箇所の角度をミリ単位でこだわって位置を取らせた。村瀬も「1ミリのズレで大きく変わる」ことを理解し「今、足の指のどこを使っているか。何%の出力でバイクをこいでいるか」と1つ1つ考えながら「細かい作業。職人的な(体の)つくり方」と地道に励んだ。
長年、思い悩んでいた右膝は、2~3か月で患部周囲の筋力がアップし、痛みが引いた。さらに23年冬季Xゲームで負傷した左足首も、何年も悩むことはさせなかった。4か月程かかる見通しが、佐藤氏との取り組みでわずか1か月半と「あり得ない速度で治った」と村瀬。佐藤氏も「感覚がいいので、位置を覚えるのも速いし、再現性が非常に高い。何より一生懸命取り組んでくれて、治療に来る度にどんどん良くなった」。
ビッグエアの空中技は女子で約8メートル飛んで着地。大けがと隣り合わせの競技だ。雪上練習に重きを置いていた村瀬だが、意識は変わった。2週に一度治療院を訪れていたが、頻度は2倍に。地元の岐阜から片道5時間ほど運転して妹・由徠と通い、さらに毎日1~2時間のメニューを持ち帰った。空中技の着地は乱れる確率が高い中「(体勢が)5度傾いた時に5度で戻すか1度で戻すかで違う」と言う。バランスが崩れ、体勢を戻す時に使う筋力に注力した。
トレーニング量を増やした昨季は、世界選手権BAで金、SSで銀と2つのメダルを獲得。滑りの練習を大事にする中で、五輪シーズンも確かな手応えを得て同様のルーチンで臨んだ。「センスがありながら、それを支えるフィジカルが充実してきている」と佐藤氏。奇跡の復活ロードは金メダルにつながっていた。(宮下 京香)
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