一音九九楽
- 謎その1、最後の「地平線」に、2通りの歌い方があるのは何故
- 1)オクターブ上げない歌い方
- オリジナル版が上げていない
- オリジナル歌手はどう歌う?
- 2)オクターブ上げる歌い方
- 作曲家自身はどう歌う?
- 作曲者「古賀政男」は上げて歌っている
- 謎その2、どんな映画の主題歌なのか不明
- 写真と歌詞から読み解く
- 歌詞1番
- 歌詞2番
- 歌詞3番
- 今回のお話
- 2023.10.06追記、その後、分かったこと
- 「ゆかりの唄」
- ありがちなイメージだからこそヒットした?
昭和の名曲とされる、昭和10年公開の映画「緑の地平線」の同名の主題歌である「緑の地平線」がわりと好きで、色々な歌手の歌で聞いているうちに、私の中に2つの謎が浮かんで来ました。
緑の地平線
1 なぜか忘れぬ人ゆえに 涙かくして踊る夜は 濡れし瞳にすすり泣く リラの花さえなつかしや
2 わざと気強くふりすてて 無理に注がして飲む酒も 霧の都の夜は更けて 夢もはかなく散りて行く
3 山のけむりを慕いつつ いとし小鳩の声きけば 遠き前途(ゆくて)にほのぼのと 緑うれしや地平線
作詞:佐藤惣之助、作曲:古賀政男
謎その1、最後の「地平線」に、2通りの歌い方があるのは何故
歌詞3番の最後のクライマックスの歌詞「ちへいせん」のメロディーを、1番2番と同じように歌って終わるパターンと、3番だけ「ちへいせん」をオクターブ高く、声を張り上げて盛り上げて終わるパターンの2種類があることに気が付きました。
これは何故だろう。
1)オクターブ上げない歌い方1番も2番も3番も全く同じメロディーラインで、3番の最後の「ちへいせん」を上げないで歌っている歌手は多いです。
例えば森昌子さん。
緑の地平線「森昌子」
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他にも、ちあきなおみさん、こちらも1番と3番です。
緑の地平線「ちあきなおみ」
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その他にも、たくさんいらっしゃいます。
「三橋美智也」
「石原裕次郎 」
「天童よしみ」
「島倉千代子
「細川たかし」
「八代亜紀」
オリジナル版が上げていないこれだけたくさんの歌手が、1番2番3番とも同じメロディーで、最後の「ちへいせん」も同じようにオクターブ上げないで歌っているのは、この曲はもともと「緑の地平線」という映画の主題歌なのですが、そもそも、そのオリジナル版の歌手が、この言葉の部分を上げて歌ってはいないからなんですね。
オリジナル歌手はどう歌う?映画「緑の地平線」の主題歌を歌ったオリジナル歌手は「楠木繁夫」。
こちらの映像は歌の内容のヒントにもなっていると思います。
緑の地平線「楠木繁夫」
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歌い方は、こんな感じですね。
1番も2番も3番も全く同じメロディーを歌っています。
というわけで、オリジナルの歌い方がそうなのですから、歌って出せる声域の関係もあるでしょうが、1番から3番まで、全部同じメロディーラインで歌うのが正しい歌い方のようにも思えます。
2)オクターブ上げる歌い方一方で、3番の歌詞の最後の言葉「地平線」だけオクターブ上げて歌う歌手も、これまた多いのです。
例えば都はるみさん。
緑の地平線「都はるみ」
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ほかにも、
「藤山一郎」
「三条正人(鶴岡雅義と東京ロマンチカ)」
「大川栄策」
といった方々が「地平線」の部分を上げて歌ってらっしゃいますね。
また、都はるみさんもそうなのですが、以下の方たちは上げて歌ってらっしゃるのですが、「ちへえいいせえん〜」の最高音、2番目の「い」が、惜しくも聞こえません。
「近江俊郎」
「森進一」
「小柳ルミ子」
作曲家自身はどう歌う?
オクターブ上げると、音域を広げることになるので、歌うのがむずかしくなることはわかりますが、無責任に聞いている方としては、できれば曲の最後に気分は高揚して終わりたいですね。
そこで、作曲家自身はどう歌って欲しかったのか知りたくなりました。
声張り上げパターンと声張り上げないパターン、作曲の古賀政男さんはどういう歌い方が望みだったのでしょう。
なんと、作曲者本人が歌った版があります。
作曲者「古賀政男」は上げて歌っている古賀政男さん、「ゆえ」の「え」の発音が旧字体の「ゑ」(イェ)の発音なのが、昔の人なんだなあと実感させられます。
緑の地平線「古賀政男」
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これを聞くと、古賀政男さんご自身はオクターブ上げて歌ってらっしゃいますね。
歌手の皆さんと同じように、やはり最高音「い」が出なかったりするのですが、そこは、歌手ではないのに歌っている、というご愛嬌で、作曲家の意図としてはオクターブ上げて歌ってもらいたいんだな、ということは分かります。
そこで、歌が上手くて、「地平線」を上げて歌っていて、最高音「い」も出ている歌手は誰かと探してみると、さすがの大御所でした。
「緑の地平線」美空ひばり
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また、現役の歌手で、ということになると、こちらの石川さゆりさんですね。
緑の地平線「石川さゆり」
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謎その2、どんな映画の主題歌なのか不明
映画「緑の地平線」は1935年(昭和10年)公開の映画で、伝説のスター「原節子」も出演していて、資料としても貴重なはずですが、戦災でフィルムが行方不明だそうで、もったいない事です。
しかも、原作者「横山美智子」の原作本も絶版になっていて、どんなお話だったのか、全く分かりません。
なので、もはや、この曲の歌詞の内容から類推するしかなさそうです。
写真と歌詞から読み解く映画ももはや見ることが叶わないわけですが、宣伝用スチール写真は残っています。
映画「緑の地平線」左・原節子 右・水久保澄子(Wikiより)
歌詞1番1 なぜか忘れぬ人ゆえに 涙かくして踊る夜は 濡れし瞳にすすり泣く リラの花さえなつかしや
大きなボタン付きの白い襟(えり)はコスチュームらしく、「ゆかり」役の原節子さん、「深沢奈津子」役の水久保澄子さん、それに左奥に見えているギターを持った女性も、身に着けているのが見えますね。
「深沢奈津子」役の水久保澄子さんは途中降板で、後任は星玲子さん。
主人公「深沢奈津子」は、ここ、リラの花咲く故郷から遠く離れた都会で、故郷を懐かしく思い出しながら踊っていた踊り子、ダンサーだったのでしょうか。
映画「緑の地平線」シネマNAVIiより
こちらのスチール写真は映画のどんな場面なのか、さっぱり分かりませんが、どうやら同僚がいるらしいことが分かります。トレンチコートにハットの男性が「なぜか忘れぬ人」なのでしょうか。その人への想いが遂げられなかったので、涙しているのでしょうか。
歌詞2番2 わざと気強くふりすてて 無理に注(つ)がして飲む酒も 霧の都の夜は更けて 夢もはかなく散りて行く
仕事なのか、恋愛なのか、何かがうまく行かなくて、それならもういいや、と、その何かを「わざと気強く振り捨てて」、親身な同僚と酒を飲みながら愚痴を聞いてもらって、「もう飲むのやめときなよ」と同僚が制止するのをさらに「無理に注(つ)がして」酒を飲んでも、「霧の都の夜は更けて」行き、「夢もはかなく散」っていったのでした。
「霧の都」はどこなのか、東京には霧のイメージがないので、寒い地方、東北北海道の海に近い都市でしょうか。
歌詞3番3 山のけむりを慕いつつ いとし小鳩の声きけば 遠き前途(ゆくて)にほのぼのと 緑うれしや地平線
とうとう、夢破れて、故郷に帰ったのでしょうか。そこにある「山のけむりを」見に森の中を行くと小鳩の鳴く平和な声が聞こえる。
そして森を抜けると一気に視界が開けて、希望あふれる緑の地平線が見えた。
この3番の歌詞が一番感動を呼ぶところでしょうが、その歌詞の内容のヒントになりそうな、映画の元になった小説の原作者「横山美智子」の歌碑がありました。
meikyokuka.exblog.jp
その歌碑に刻まれた、小説「緑の地平線」の文章を書き出してみると、
奈津子の胸の情熱ー、女性の生活の向上にめざめた彼女の胸にもえあがる感情にも似て、浅間の煙は真直に、大空をさして立ちのぼってゐた。
「解ったわ、貴女の気もち!貴女は、生れつき何かの、よい仕事をはぐくむ母胎に出来てゐた方なのよ。これから、一しょに、世のなかの、すべての女の人達をつよくし、女の人の生活に根ざす不幸をのぞくために働く大切な道を生きていきませうね。」
ふたりは、心に燃えあがる感動をこめて手を握りあった。
秋とはいへ、浅間平野は、見はるかす彼方、遠く地平線のはてまで、まだ鮮やかな緑だった。新しい希望のいろに染められて、はてしもなく緑にけぶる地平線、いま、新しい世界に出発していかうとする奈津子は、はるかな彼方に眸(ひとみ)をそそぎながら、心のなかにはてしなく美しい緑の地平線をのぞみ、力づよく生きていくことを誓うのであった。
横山美智子
ということなので、「緑の地平線」の、実際のモデルは現在でもいまだに噴煙の立ち昇る、長野県軽井沢と群馬県嬬恋との境に位置する活火山、「浅間山」を望む高原だと思われます。
ここなら、寒い地方の花として知られていて、主人公が懐かしく思い出す「リラ(ライラック)」の花が咲いていても不思議ではありません。
そして、「緑の地平線」、それは具体的には何か分かりませんが、歌碑には「心のなかに」とあるので、象徴的には、自分の目指すべき理想、実現すべき夢を表しているんですね。
そして、その理想と夢は「ここではないどこか」にあるのではなく、「ここ」にあった、そして、現在自分がいる「ここ」、言ってしまえば「ここ」にいる自分自身にこそ、無限の可能性があるのだ、という希望にあふれた歌詞になっていると思います。
作曲の古賀政男さんが、このキーワードを声高らかに歌い上げたかった気持ちもよく分かるような気がします。
今回のお話今回は、昭和の名曲「緑の地平線」には2通りの歌い方があって、どちらにも根拠がある、というお話。
それに、この曲が主題歌である映画「緑の地平線」のフィルムが行方不明で、しかも原作の小説も絶版で読めないので、どんなストーリーだったのかを、歌詞と写真と歌碑の文章から、ちょっと推理してみた、というお話でした。
2023.10.06追記、その後、分かったことコメント欄に苫澤正樹さんから、この曲と、映画、原作との関係についての貴重なコメントをいただきました。なんと、苫澤正樹さんは、現在は絶版になっている原作をお読みになってらっしゃる上に、映画のあらすじまでご存知、とのことで、とても示唆に富んでいるコメントなので、ぜひお読みください。
「ゆかりの唄」そのコメントの中で「ゆかりの唄」という曲が、「緑の地平線」とは別に、挿入歌として使われていた、という情報をいただいたので、早速聞いてみました。相当音質が悪く、チリチリ音の嵐ですが、主役を演じた星玲子さんによるセリフもあるんですね。歌手はディック・ミネさん。
作詞:佐藤惣之助、作曲:古賀政男、これは「緑の地平線」と同じ作詞作曲ですね。
なお、この映像の解説によると、映像に出て来る原節子さんの写真は、映画「緑の地平線」のものではなく、他から引っ張って来たもので、あくまでも「イメージ」だそうです。
ゆかりの唄 ディック・ミネ
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「ゆかりの唄」【ディック・ミネ(歌)】1番)都のともしび たのしく燃ゆれどわが胸は 露にむしばむ かよわき花涙にかがやく 初恋もあゝ短きは 乙女の命
【星玲子さんのセリフ】「あゝ傷つきぬ わが胸は、真白きリラの 花のごと、一人さびしく夕月に、すすり泣きつつ しのびつつ、あわれ 今宵も散りて行く、ああ美わしの花よ、なれの名は乙女、はかなくも 消え行く雪よ、なれの名も乙女、紅そめし頬も、みどりのくろ髪も、束の間の秋の嵐にちりゆく。」
【ディック・ミネ(歌)】2番)高嶺の白雲 ほのかに なびけどわが夢はさびし 浅間の煙の影嘆けど うつつに 消えゆきてあゝ短きは 乙女の命
作詞:佐藤惣之助、作曲:古賀政男
ここでちょっと疑問なのは、星玲子さんは水久保澄子さんからバトンタッチされた主役の「深沢奈津子」なのに、なぜ「ゆかりの唄」で「ゆかり」のセリフを朗読しているのか、ということですね。
内容としては、まあ、歌詞もセリフも悲観的で暗いので、映画はお涙頂戴のストーリーになっている、という苫澤正樹さんの証言も、さもありなん、という曲になっています。はつらつとした展開を迎える「緑の地平線」と同じ作詞家、作曲家によるものとも思えない落差です。
なるほど、この点からも、苫澤正樹さんのコメントの正確さが納得できるというものですね。貴重な情報、ならびに分析をご提供いただき、ありがとうございます。
ありがちなイメージだからこそヒットした?苫澤正樹さんの情報により、「緑の地平線」1番、2番の歌詞は、原作の内容とはかけ離れていて、「ありがちなイメージ」で書かれた可能性が高いことが分かりました。
「ありがちなイメージ」で書かれた歌詞にもかかわらず、それでもこの曲「緑の地平線」がヒットした、ということになると、むしろ、「ありがちなイメージ」だからこそヒットしたのかも、という考えが浮かびました。
1番の歌詞も、2番の歌詞も、聞いた誰もが、それぞれの感性で、その情景をパッと思い浮かべやすい、誰もが多少は似たような経験があるので感情移入がしやすい、「ありがちなイメージ」を描きやすい歌詞になっているんですね。
誰もが、ああ、こんな物語はありそうだよね、というイメージをふくらませたところで、3番の、一転、希望にあふれた未来への期待に昇華するので、その気持ち良さが「緑うれしや地平線」とオクターブ上がったところで最高潮のエンディングを迎えて、大ヒットというわけです。