古代へ空想膨らむ巨石…高砂市(兵庫県)
古代へ空想膨らむ巨石…高砂市(兵庫県) 2024/12/15 05:20 #旅を旅して #旅行・兵庫 保存して後で読む スクラップ機能は読者会員限定です(記事を保存) スクラップ機能について 読者会員に登録 読者会員の方はログイン完了しました
社殿の門をくぐると神体の巨大な石造物がすぐ前に眼いっぱいにひろがる。――――松本清張「私説古風土記」(1977年刊)
周りの岩山を削り込んだ「石の宝殿」。水に浮いているように見えることから浮石とも呼ばれる。石の背面には屋根形の突起がある兵庫県高砂市の宝殿山(標高65メートル)中腹にある 生石(おうしこ) 神社の石段の参道は、城門のような絵馬殿から三つの建物の下をくぐる。最後の本社を抜けると、松本清張が記したように「 眼(め) いっぱいにひろがる」ご神体が石の宝殿だ。岩山を削り込んだ一辺5、6メートルのほぼ直方体の巨石で、重量約465トン。威容に圧倒される。
早くは奈良時代の 播磨国風土記(はりまのくにふどき) に「 弓削(ゆげ) の 大連(おおむらじ) ( 物部守屋(もののべのもりや) )の造れる石なり」と記述があるが矛盾もあり、すべてに謎めいている。同神社の 東(ひがし)幸(さち)代(よ) 宮司は、「私には大きすぎて、何もかも包み込んで導きをくださる存在です」という。
古代史に造詣が深かった清張は、奈良・飛鳥を中心とした石造遺跡の謎に挑んだ小説「火の路」で石の宝殿を、ペルシャから伝わったゾロアスター教の飛鳥時代の拝火神殿と推測。現地を訪ねた歴史評論「私説古風土記」では、用途は「やはり 分(わか) らない」と記した。
有力者の遺体を納める石棺か神殿か、完成品か未完成品か、誰の命で造られたか。製作年代も神代から8世紀まで、分類すると約40もの説がある。飛鳥の益田岩船や 牽(けん)牛(ご)子(し)塚(づか) 古墳との相似から、棺を収める横口式 石槨(せっかく) 説も有力だが、空洞は確認されていない。
周囲の岩山から見た「石の宝殿」と本社。右上は竜山石の採石場地域住民で作る石の宝殿研究会の髙岡一彦会長(78)は、会社を引退後、この巨石に魅せられた。「子供の頃、好きだった宝探しに似て面白く、永遠の謎を秘めている。横倒しに見える巨石を起こしたら、 丁(てい)未(び) の乱で蘇我氏に敗れた物部氏が再興のため隠した財宝があると推測したり……」
巨石の横から周囲の岩山を登ってゆくと、向かいの山肌が垂直に切り取られている。この辺りの山一帯は1700年前の古墳時代から採掘が続く凝灰岩、 竜山石(たつやまいし) の産地だ。「古墳時代は畿内の有力な首長や豪族の古墳で石棺に使われ、『大王の石』とも呼ばれます」。高砂市生涯学習課の清水一文主幹(54)が教えてくれる。石の宝殿は、切り取りやすいよう岩山に元々ある水平方向の節理(切れ目)に下の面を合わせ造られた。採石の高い技術が、日本三奇の一つとされる奇跡の石造物を可能にしたのだろう。
岩肌を登った宝殿山の山頂からは、平野の向こうに淡路島が望める。この巨大すぎる石造物を海路、その先の畿内まで運ぼうとしたのか否か。古代への空想が膨らんでくる。
◇松本清張 (まつもと・せいちょう) 1909~92年。福岡県 板(いた)櫃(びつ) 村(現北九州市)生まれ。53年、「 或(あ) る『小倉日記』伝」で芥川賞を受賞し、本格的に作家デビュー。「点と線」「ゼロの焦点」「砂の器」などで社会派推理小説のブームを起こし、ノンフィクション「日本の黒い霧」など多方面で活躍。70年以降は古代史研究に打ち込み、「火の路」など古代史ミステリーも発表した。「私説古風土記」は現存する出雲、常陸、播磨、肥前、豊後の各風土記の地を探査した歴史評論。
文・佐藤憲一 写真・中村光一
松が象徴 夫婦愛と長寿
高砂神社の5代目「相生の松」結婚式などで「高砂やこの浦舟に帆をあげて~」とうたわれる「高砂」は、夫婦愛と長寿を願う謡曲として有名だ。基となったのは、高砂市の高砂神社にある 相生(あいおい) の松の伝説。境内に根が一つで幹が雌雄に分かれた松が生え、そこから現れた 尉(じょう) (男性)と 姥(うば) (女性)の2神が夫婦の道を示した。
「当社を訪れた平安時代の歌人・藤原 興風(おきかぜ) が百人一首にも採られた歌に相生の松を詠み、室町時代に世阿弥が能にしたことで一層有名になった」と小松守道宮司(68)。
砂地の境内は今も松が多い。江戸期から枝ぶりが有名だった3代目相生の松は昭和初めに枯死し幹だけが残るが、代わって5代目が緑葉を茂らせる。根は一つなのに、雌の赤松の枝の葉は柔らかで雄の黒松は硬い。「3代目は雄松が大きかったが、5代目は雌松の方が大きくなりつつある。世相を表しているのかも」と小松宮司は笑った。
工楽松右衛門旧宅の板塀は船板を使っているレトロな街並みが残る高砂地区の銭湯「梅ヶ枝湯」高砂地区は、江戸時代に加古川の河口域に発展した港町だ。姫路藩が掘割を巡らせて碁盤目状に町を整備、年貢米などの集積地として栄えた。18世紀、この町に生まれ、兵庫津(神戸市)を拠点に活躍した船主が初代 工楽(くらく)松(まつ)右衛(え)門(もん) 。晩年に高砂に戻り、江戸後期に建てられた工楽松右衛門旧宅が公開されている。佐野絵里奈館長(36)は「初代は丈夫な松右衛門帆を考案して海運を盛んにし、択捉島や箱館(函館)の港も整備した。世の益のために発明した人で、幕府から賜った名字も工夫を楽しむ意味がある」と語る。
大企業の工場に囲まれた町中を歩くと、蔵や黒板塀の古い民家のほか、昭和レトロの雰囲気も色濃い。懐かしい模型屋などが残る銀座商店街のアーケードの散策は、タイムトンネルに迷い込んだよう。
廃線となった旧国鉄高砂線跡の遊歩道から、映画「千と千尋の神隠し」に出てきそうな銭湯が見えた。中では尉と姥の神様が、仲良く湯船につかっているのかもしれない。
●ルート 東京駅から新幹線で西明石駅まで約3時間、同駅から宝殿駅までJRで約23分。高砂駅までは、西明石駅からJRで明石駅まで4分、山陽明石駅から山陽電鉄で約16分。
●問い合わせ 高砂市観光交流ビューロー=(電)079・441・8076。
[味]おでんの具 お好み焼きに
高砂市周辺のお好み焼きは一風変わっている。にくてんと呼ばれ、煮込んだすじ肉やジャガイモ、コンニャクなどが具に入っているのだ。「元々は前の晩に残ったおでんをお好み焼きの具にした家庭料理で、僕も子供の頃、母親が焼いてくれたもの」と、高砂にくてんの会の島本邦夫事務局長(78)。
島本さんの店「お好み焼ミナミ」((電)079・442・4846)で「高砂にくてん」=写真=(700円)を注文。具と生地の粉を混ぜ込む大阪と違い、広島のお好み焼きのように生地を薄焼きした上に具材をのせ、上から生地を少しかけ重ね焼きする。二つ折りになったにくてんを割ると、ジャガイモやコンニャクの塊がごろごろ出てくる。初めて食べたのに、甘辛い味と食感が懐かしかった。
ひとこと…今も残るいいもの
播磨臨海工業地帯にある高砂地区は、戦後も山陽電鉄沿いを商圏に持つ商業地として栄え、通りは人で埋まったという。今は店も減ったが、「その代わり、古い町並みや昔からの文化、生活が残っている」と工楽松右衛門旧宅の佐野絵里奈館長。最近は、古民家などを生かしたカフェや雑貨店も増えていると聞いた。
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